友野典男『行動経済学−経済は感情で動いている』(ISBN:4334033547)

読了。小田中直樹さんのブログで紹介されていたもを読んでみました。
一言でいうと心理学からの経済学批判。これまでの「経済人」を前提とした経済学では上手く説明できない事柄を、心理学的なアプローチから考えてみようという、最近の研究をわかりやすくまとめたものです。『行動経済学』というタイトルになっていますが、「損得勘定に関する心理学」という印象の方が強かったです。非常に面白く読めました。
まず面白かったのは「ヒューリスティック」という概念。

ヒューリスティックは、問題を解決したり、不確実な事柄に対して判断をくだす必要があるけれども、そのための明確な手掛かりのない場合に用いる便宜的あるいは発見的な方法のこと(p.66)

つまり詳細に論理的な検討を経ることなく、(語弊があるかもしれないが)「だいたい」「適当」に決定してそれがある程度上手くいくその方策がヒューリスティックだということだろう。ヒューリスティックの例として面白かったのが以下の話。

野球の外野手はフライをどのようにして捕球するのだろうか。飛球の落下点を予測するためには、飛球の初速、角度、風向きと強さ、それに球の回転についての情報が必要である。しかし実際のプレイヤーにそんな複雑な情報が手に入るはずもなく、手に入ったとしても計算が間に合うはずもない。
外野手は、実際はたった一つのヒューリスティックを用いているという。ギゲレンツァらはそれを「仰角ヒューリスティック」と呼ぶ。それは、打球が打ち上げられたとき、球をよく見て、見上げる角度が常に一定になるようにして走る、というヒューリスティックである。すると飛球の落下点近くに到達し、最後に微調整すれば捕球できるのである。複雑な計算を一瞬のうちにして、あるいは直感的に予測して、飛球の落下点に走るのではない。その証拠に、外野手は、しばしば捕球点に一直線に向かわずにカーブして走り、また常に全速力で落下点に向かわずに、早足程度では知ることもある。どちらも飛球に対して仰角を一定に保つために必要な動作であり、落下点を知ってからそこに走る場合にはそのような動作は必要ない。(pp.91-92)

実際子供の頃に野球をやってましたが、自分がどうやってフライを捕っていたかなんて考えたこともありませんでした。考えてみるとなぜ捕れるのか論理的に説明しろといわれたらできなかったでしょう。非常に不思議です。これはヒューリスティックの一例で、しかも経済的な問題に関する決定には直接関係ありませんが、単純に話として面白かったので引用してみました。
ただしもちろんヒューリスティックは万能ではなく、

カーネマンとトヴェルスキーは一連の研究の中で、人間が確率や頻度についての判断をくだす時にはいくつかのヒューリスティックを用いるが、それによって得られる判断には客観的な正しい評価とは大きく隔たるという意味で、しばしば「バイアス(偏り)」が伴うことを明らかにした。

例えば代表的なヒューリスティックとして利用可能性ヒューリスティックが挙げられています。

利用可能性とは、ある事象が出現する頻度や確率を判断する時に、その事象が生じたと容易にわかる事例(最近の事例、顕著な例など)を思い出し、それに基づいて判断するということである。(p.68)

しかしこのヒューリスティックには「連言錯誤」バイアスが生じることがあるということです。

トヴェルスキーとカーネマンは次のような質問を被験者にした。
1.小説の4ページ分の中に7文字の単語で末尾がingで終わるものはいくつあると思うか。
2.小説の4ページ分の中に7文字の単語で6番目がnのものはいくつあると思うか。
回答の平均は、1.では13.4個、2.では4.7個であった。
回答者が、ingで終わる単語の方が、6番目がnである単語より多いと見積もったのは、後者よりも前者の方がその形の単語(例えばrunning、evening)が思い出しやすい(すなわち入手が容易だ)からである。しかし1.に当てはまる単語は当然のことながら2.の条件を満たしていて、逆に2.を満たしているが1.を満たさない例(例えば、daylong、payment)は数が多いから、2.の方が単語数は必ず多い。しかし回答者の答は逆になっている。(p.69)

こういったヒューリスティックとバイアスがどのように判断・意思決定に影響しているか、が実験結果を紹介を交えながら解説されています。
もうちょっと書きたいことがあるのですが、引用でやたら長くなったので、続きはまた後程。