スティーブン・ピンカー『言語を生み出す本能(上)』(NHKブックス740、1995)

ずっと前から読もうと思っていてなかなか読んでいなかったもの。人間の使う言語について比較的体系的に書かれている。かなり自分が思い込んでいた「常識」を覆すような話があって面白い(典型的なところでは「言語が思考を規定する説は誤り」「話し言葉の音声は、継ぎ目なしにつながっている」など。)
また研究に関わって面白かった部分は、話し言葉をそのまま文字化すると意味不明な箇所がたくさん出る、というもの。筆者はウォーターゲートテープ(ニクソン大統領とその法律顧問と首席補佐官の密談を盗聴録音したもの)を例に挙げているが、口承伝承や会話を記録した史料などの扱いにも波及する問題だろう。
また、これに続いて以下のような逸話を紹介している。

文字化された会話が理解しがたいことに皆驚いた、と書いたが、驚かない人たちもいた。ジャーナリストである。発言やインタビューを大幅に手直ししたうえで活字にするのは、マスコミの世界では日常茶飯事になっている。ボストン・レッドソックスの気短な投手、ロジャー・クレメンスは長年にわたって、マスコミが自分の発言を正しく伝えてくれない、と苦情をいいつづけていた。『ボストン・ヘラルド』紙は、残酷な仕打ちなのをおそらく承知のうえで、反撃に出た。毎日、クレメンスの試合後のコメントを、一言一句そのまま掲載しつづけたのだ。(p. 304)

実際にどういうものが紙面に載ったのかは紹介されていないが、悲しいものであったのは確かだろう。僕はマスコミに対してかなり否定的な話をすることが多いが、その役割は認めなくてはならない、といったところだろうか。
とりあえず上巻を読んだだけなので、全体の印象は下巻を読んだ後に書ければ。