詠坂雄二ならこれも素晴らしい

 録画でアメトークを見ていたら、書店員芸人・カモシダせぶん氏によって詠坂雄二の『5A73』が紹介、というか激推しされていました。僕の中で、「もっともっと評価されるべき」の5本の指に入る人(その他には片山まさゆき神林長平施川ユウキなど)なのですが、アメトークで名前を聞くとは全く予想していなかったので、驚愕しました。
 このブログ、というか、その前身のはてなダイアリーのタイトルは、「主に挫折と限界の日々」から始まって、気が向いたらタイトルを変えていたのですが、現在使っている「just one more turn.」は、詠坂雄二の連作短編集『ナウ・ローディング』の一編からとったものです。2015年にこのタイトルにした時には僕はほぼ無職で、色々と区切りをつけて地元に帰ろうかと思っていました。そんな頃に、何がきっかけか、もう少しだけ、という雰囲気が出てつけたタイトルでした。その後2015年のうちに現在の職場に採用が決まったので、今思い返すと不思議なものです。
 で、詠坂雄二作品読むなら、というので三つ挙げようと思います。

『遠海事件 佐藤誠はなぜ首を切断したのか?』
 僕は割とある作者の小説を読もうと思った時は、できるかぎり最初から順番に読んでいくのですが、詠坂雄二の最初の作品である『リロ・グラ・シスタ』は、当時書いた読書メーターの感想を見るかぎり、あまりピンときていなかったようで、どちらかというと『遠海事件』からハマったという感じです。
 この本の主人公(というか話題の中心となる人物)である佐藤誠は、比較的小さな書店の店員なのですが、長年にわたって数十人の人間を殺している人物でもあります。その彼にとっての特別な事件になった殺人事件が、その書店で万引きをして別の店員に捕まった学生の視点から描かれます。
 とにかく佐藤誠が魅力的な人物で、不思議な読後感になります。もしかするとカモシダせぶん氏も、自身が書店員であるので佐藤誠から入ったのではないかという気もしないではありません。逆に、佐藤誠に影響されて書店員になったのかもしれませんが。

『電氣人閒の虞』
 読みは、でんきにんげんのおそれ、です。こちらは多分読む人を選ぶと思いますが、僕個人としては平成ミステリベスト10を選んだ時に挙げているくらい好きな作品です。
 電氣人閒という都市伝説を調べていた大学生が死亡した事件について、ライターの主人公が調査していくが・・・といった、割とありがちな出だしではあるのですが、最後の方の展開がめちゃくちゃ僕好みの展開で、たまに読みかえしていたりもします。

『インサート・コイン(ズ)』『ナウ・ローディング』
 3つと言いつつここで2冊挙げているわけですが、やっぱり『ナウ・ローディング』を読む前に『インサート・コイン(ズ)』を読んでおいた方がいいと思うので。両方とも「ゲーム」を題材としながら、さまざまなところに発想を広げていくタイプの短編が集められています。
 『インサート・コイン(ズ)』は、柵馬というライターがゲーム雑誌の記事を書いていく日々で浮かんだ疑問を追求していく中で、日常ミステリ的な形になっていくというものです。題材はマリオ、ぷよぷよスト2ドラクエ3など、主に80年代後半〜90年代くらいの空気感を元に描かれたレトロ的なものなのですが、そこに独特の切り口が絡んできて、読ませるものになっています。
 『ナウ・ローディング』は、そのゲーム雑誌が廃刊になった後に、柵馬が下世話な雑誌に連載していたゲーム関係の記事とそれを書く際のもろもろ、という感じの連作短編集です(最初の一編である「もう一ターンだけ」はそこに至る助走のような感じですが)。こちらは2000年代の雰囲気の元に書かれており、よりマニアックな題材もとりあげられています。こちらは、そうした過去に関する考察とともに「リスタート」についてさまざまな考えられた作品群となっており、そのあたりが、当時の僕にグッと刺さったのでしょう。
 「もう一ターンだけ」は、柵馬が昔通っていた「文化系の」専門学校に講師として一コマ授業を担当するようになり、そこで、昔書かれた「タイムレター(タイムカプセル的に封印された文章)」を処分するように頼まれる、というところから話が始まります。
 また、もう一つ『ナウ・ローディング』の中で好きなのがRTAを題材にした「悟りの書をめくっても」です。RTAは、本来はそういう目的では作られてはいないゲームをタイムアタックで、どれだけ早くクリアできるかを競うという遊びで、この作品は、ドラクエ3でRTAをやっている人の一人に対するインタビューという形で始まり、現在の記録保持者の不正発覚という事件の不可解な部分を追求していく、という展開になっています。やはり「リスタート」の形、というのが最終的な焦点になるのですが、僕も歳をとる中で、この短編で表されたような感覚というのを覚え始めていた頃でもあり、ある種の指針でもあるかもしれません(僕はそういうふうにはなっていませんが)。

 ということでダラダラと書いてみましたが、詠坂雄二を最初に読むなら『遠海事件』が、『5A73』を先に読んで面白かったなら『電氣人閒の虞』が、古いゲームにある程度知識(とノスタルジー)があるなら『インサート・コイン(ズ)』がおすすめです。